2009/11/22 日曜日

新本社オープンにあたって

Filed under: 未分類 — 松本祐 @ 9:49:11

最初に、スタッフの皆さんへのお礼の言葉です。
昨日は、着工式が終わった後、夜12時過ぎまで本社のリニューアルオープンに向けて準備をしたと聞き、心が熱くなりました。
着工式の後、疲れているだろうに・・・、お腹も空いていただろうによく頑張ってくれたんだなーと誇りに思いまたとても嬉しくなりました。前夜遅くまで準備した上、早朝手が切れるような冷たい水を使って、雑巾で外回りや黒御影石をもっと、もっと奇麗にと、こころを込めて磨いたことも皆さんのレポートから知りました。
その思いがこもった立派な新本社に生まれ変わりました。

この本社は、平成元年、丁度今から22年前、私も37歳の時に 27000万円という途方も無い借金して土地を買い建物を建てました。
一世一代の大勝負でした。
丁度実施設計の進士さん25歳、水垣常務36歳が同期で入社した年でした。当時総勢7名ほどの小さな会社でした。
将来この社屋に一杯お金が貯まるようにと「金庫」の形をしたデザインでその成功を神様に祈るような気持で屋根をピラミッド型にしました。

結果として、意に反してその膨大な借金が会社の負担となりバブルが弾けた後、大打撃を受けることになり、「百年健康住宅」という素晴らしいコンセプトも“早すぎた為に”思ったほど売れずに、吐胆の苦しみを7年間味わいました。私も人の10倍もの仕事を一人でこなし、頑張りましたが社員たちもそれこそ、息を切らしながらも人の何倍もの仕事をこなしながらがんばり続けました。
あまりの苦しさに多くの人が去って行きました。

残った全社員で、飛び込みでチャイムを鳴らしながら家庭訪問し、現場見学会に参加してくださるように 近隣にも御願いして廻りました。
でも、私たちには夢がありました。
そして、このすばらしい「百年健康住宅」の時代がきっと来る!いや、この家が建たないとお客様が損をされる、だから、どんなに苦しくとも辛くとも やり遂げるんだという覚悟でした。
私自身、もし死ぬんだったら「前のめり」で路肩に倒れ死ぬんだ!という悲壮な覚悟でやり続けました。

次第に資金も底を尽いてきました。
銀行からも新たな融資を7年間ストップされ、経営の重圧が7年も続き、あまりの重圧に身体もこころも疲れてしまって「今日一日だけでいいですから、生きる勇気を下さい!」と毎日毎日神様にも御願いした日々が続きました。

昨夜、新本社のオープンを前にして、創業棟梁の佐藤親方と小一時間、立派に出来上がった受付カウンターに座って「よく頑張ってきたよな・・・・」「今こんなに素晴らしい会社に成るなんて考えても見なかったな・・」懐かしく歩いて来た道を語り合いました。

お陰さまで現在、近代ホームには会社としての基盤に必要な、資金力、人材、技術、知名度、信頼・信用などがひと通り揃ってきました。しかし、これで成功したわけでもなく、これからやっとスタートなのです。私たちが作り上げたものは、城で言うと土台の石垣のようなものです。
武田信玄の「人は石垣、人は城・・♪」を思い出しました。

これからの歩いた道が、間違っていなかったから神様が私たちを生かしてくださったと思います。そしてこれからの未来は、社員ひとりひとりが誰にも「負けない努力」の一つひとつが創りあげるものだと考えています。
原理原則はシンプルです。もし、自分の未来に心配があるのであれば、今以上に頑張ればいいのです。

私たちは、この厳しい「100年に一度の大不況」を無事に乗り切り、いや「100年に一度の大チャンス!」にすることができた誇りと自信を失っては成りません。創業理念と誇りと自信に裏打ちされた「未来設計図のとおり」突き進めば必ずや勝利の女神が微笑むことを私たちは知ったのです。

新本社を前にこれまで応援してくださった多くのお客様、そしてここまで頑張ってくれた全社員・全職人さん、そして関係会社の皆様本当にありがとうございました。
お陰さまで立派な本社に生まれ変わりました。
この新本社にふさわしい自分たちに“CHENGE”して参りたいと思います。

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